研究 Research

妊娠期のストレスが子の非感染性疾患のリスクを高めるメカニズムの解明

 胎生期の環境は、生後の生活習慣病や統合失調症・うつ病などの精神疾患、あるいは自閉症や注意欠陥多動性障害などの発達障がいの発症リスクに関与していることが知られています。ヒトでは受精後3~8週までの時期は胚子期(器官形成期)と呼ばれ、細胞分裂が盛んに起こり、臓器の外形ができてきます。そのため、器官形成期の発生異常は形態異常につながります。これに対し、受精後9週以後の時期は胎児期と呼ばれ、臓器の内部で特有の機能を持つ組織や細胞が主に増殖・分化してくる時期です。したがって、私たちの体の形や機能がつくられていく上では、胚子期および胎児期のどちらも大切な時期です。私たちのグループでは、妊娠期の栄養環境やストレスと非感染性疾患との関連について、以下の研究を進めています。

①妊娠初期の低栄養と子の行動異常との関連:妊娠期の低栄養により、仔ラットの脳内リン脂質構成が変化し、行動異常が誘発される可能性を示しました(Hino et al., 2019)。現在、行動変化を引き起こす機能性リン脂質に注目して研究を進めています。

②妊娠初期の低栄養による生後の脛骨成長抑制:妊娠期の低栄養により、生後の仔ラット雌の脛骨成長が鈍化することを明らかにしました(Kimura et al., 2018)。本ラットでは脛骨骨端軟骨細胞の増殖能が低下しており、脛骨骨端軟骨のIGF受容体発現低下がその原因の一つと考えられました。

③上記の他、特に女性における非アルコール性脂肪性肝疾患と妊娠期の低栄養との関連を調べています。 (宇田川)


胎児期の遺伝子発現の変化がどのようにしてDOHaDを引き起こすのか?

 オランダ飢餓の冬(Dutch famine of 1944-45)などの事例から、妊娠中の母親の栄養状態が胎児の発育に極めて重要であり、成長後の心臓病、糖尿病、精神疾患などの発症に大きく関わっていることが、疫学的に示されている。これに基づき、DOHaD仮説(Developmental Origins of Health and Disease hypothesis, 成人病胎児起源説)が唱えられている(Barker 1998, Harding 2001)。しかしながら、DOHaD仮説の基盤を成す分子機構は明らかにされていない。このため我々は、ラットを用いてDOHaDの分子メカニズムを明らかにする研究を行なっている。

 我々のDOHaD実験系は、胎生5.5日から10.5日の5日間、妊娠ラットをコントロール群の40%の給餌量で飼育することで子宮内飢餓状態を引き起こし、その後は自由量(Ad libitum)の給餌で飼育する実験系である。ラットの胎生5.5日から10.5日までの期間は、受精卵が子宮に着床する時期から神経管が閉鎖する直前の時期にあたり、発生初期の極めて重要な時期である。母体の体重は低栄養後の自由量の給餌により回復し、新生児の体重に有意な差は見られない。このため、単に、新生児の体重を調べるだけでは、低栄養群とコントロール群を見分けることができない。成獣に達した3ヶ月齢でオープン・フィールド・テストを始めとした行動解析を行なった結果、通常のラットは辺縁を好むのに対し、低栄養ラットは中央での行動が多く観察された(Hino et al., 2019)。我々が行なった様々な行動解析は、我々のDOHaD実験系が、ラットに多動を特徴とした行動異常を引き起こしていることを示唆している。

 この一連の研究の過程で、我々は、機能未知のタンパク質の発現が、低栄養発育ラットの前脳で高発現していることを見出した。現在、我々は、このタンパク質の機能を、組織染色や分子生物学の手法を用いて明らかにし、DOHaDとの関わりを明らかにするため研究を行っている。(内村)


四肢機能構造学

 ヒトの四肢の構造や機能について医学・数理学的解析を行い、臨床医学や比較解剖学への応用を試みています。特に手足の構造と機能の連関について、霊長類の骨格構造を基に、スウェーデンのChalmers University of Technology数学科のLundh教授と共同で解析を行っています。本研究では、リハビリテーション医学や生体力学、看護学、系統進化学またはロボット工学など、幅広い分野に貢献できる統合的な研究を目指しており、様々な分野からの大学院生、研究生を募集しています。 (宇田川)